「神によって生きる  04.11.14
                ルカ20:27〜40

 私たちは、「体の甦り、永遠の命」を信じています。そこで、
天国の希望を持つと同時に、自分の復活の様子に思いを
巡らすこともあるかもしれません。

 サドカイ派というグループの人が、イエスさまに問いました。
「聖書の定めに従って7人の兄弟と結婚をした女性は、復活した時
どうなるのか。」これは、「復活しても、ややこしいことになるだけだ」と
いう、復活への批判が込められた問いです。
 「復活した時に、どうなってしまうのだろうか。困ったことになるのでは
ないか。」そんな気持ちは、私たちにも、ふと出てくることかもしれません。
ここで問題とされているように、家族、友人、教会の交わりなどの様々な
人間関係が、復活の時にはどうなっているのか。関係が残っているのか、
なくなるのか。このことは、とても気になることでしょう。続いて欲しい関係も
あるでしょうし、反対に続くと困るように感じる関係もあるに違いありません。

 イエスさまは、そんな問いに対して、復活によって地上の生活の続きが
始まるとはおっしゃいません。だからといって、これまでの人間関係が
なくなるとか、自分が自分でなくなるという事ではありません。
 ただ、「天使に等しい者」として神さまに包み込まれるようにして生きる
ようになる、とおっしゃってくださいます。罪を抱え、様々な欠けを抱え、
うめくことしか出来ない地上の自分ではなく、神さまによって新しい自分と
されるのです。それゆえ、地上の生活で欠けていた愛や優しさが補われ、
愛せる者とされるでしょう。地上ではギクシャクした関係しか築けなかったと
しても、それを克服し、豊かな関係を築き上げる者とされるでしょう。
そこに、復活の希望と楽しみがあります。

 
復活の様子は、罪を抱えている人間が考えることより、ずっと
素晴らしいものです。
 イエスさまが命を捨ててまで用意してくださったものだからです。
 イエスさまは、地上のことだけでなく、復活の様子も「思い悩むな」と
おっしゃってくださいます。